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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)27号 判決 2000年6月14日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告横浜市長が原告に対してした次の各処分を取り消す。

1  平成九年六月二三日付けの道高第七一号による通知書をもってした別紙文書目録記載一の文書及び同記載二の文書についての公文書公開請求却下処分

2  平成九年六月三〇日付けの道高第七二号による通知書をもってした別紙文書目録記載三の文書についての公文書公開請求却下処分

二  被告横浜市は、原告に対し、五〇万円及びこれに対する平成九年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  仮執行の宣言

第二事案の概要

本件は、横浜市の住民である原告がした公文書公開請求に対して、被告横浜市長(以下「被告市長」という。)が当該文書は作成又は取得していないため存在しないとして却下処分をしたところ、原告が当該文書は存在するとして、右処分の取消し及び右処分により市政に参加する権利等を奪われたとして被告横浜市(以下「被告市」という。)に慰謝料の支払を求めたものである。

第三基礎となる事実(証拠等の記載のない事実は争いがない事実であり、証拠等の記載のある事実は主に当該証拠等により認められる事実である。)

一  公文書公開請求

横浜市の住民である原告は、被告市長に対し、平成九年(一九九七年)六月六日に別紙文書目録記載一の文書(以下「本件文書一のようにいう。)及び同二について、同月一二日に同三について、それぞれ公文書公開請求をした。

二  本件却下処分

横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「本件条例」という。)二条一項にいう実施機関である被告市長は、一の各請求について、第一の一1及び2のとおり、いずれも請求を却下するとの処分(以下まとめて「本件却下処分」という。)を行い、原告に通知した。その理由はいずれも「請求件名に該当する文書は、本市において作成、または取得していません。したがって、横浜市公文書の公開等に関する条例第二条第二号に定める『公文書』は存在しません。」というものである。

三  当事者双方と公開請求文書との関係

被告市は、「二一世紀のヨコハマを創造する横浜環状道路北側区間一九九七年六月Vo1・6」(甲一。「本件パンフレット」ともいう。)を発行し、「横浜環状道路北側区間 市計画案」を発表した。本件パンフレットには「環境の現況と予損」という欄があり、将来交通量や大気・騒音・震動の予測値などが示されている。しかし、予測値の調査方法は示されていない。

そのため、原告は、本件パンフレットに記載された右の予測値について詳しく記載したと思われる本件文書一、同二及び同三(以下まとめて「本件文書」という。)の公開請求をした(この段落につき、弁論の全趣旨)。

第四主な争点と当事者の主張

一  主な争点

1  本件却下処分の争い方(本案前の申立ての当否)

2  被告市による本件文書の作成・取得の有無

3  本件却下処分の違法性の有無及び被告市の損害賠償責任の有無

二  本案前の申立ての当否

1  被告市長の主張

被告市は本件文書を作成・取得していないから、本件却下処分の取消しを求める本件訴えは不適法である。

2  原告の主張

争う。

三  被告市による本件文書の作成・取得の有無

1  原告の主張

(一) 本件パンフレット及び本件文書の作成主体

平成九年六月に発表された本件パンフレットは、後記(二)から(四)までの事実及び本件パンフレット中にある『横浜環状道路北側区間 市計画案』という名称が示す事実から明らかなとおり、被告市が中心になって作ったものである。このような立場にある被告市が、右の根拠となったデータ(本件文書)を「作成又は取得」せずに「将来交通量」や「大気・騒音・震動の予測値」などを本件パンフレットにおいて公表することはあり得ない。仮に作成名義人として連記されている首都高速道路公団(以下「首都高」という。)が本件パンフレットを作成し、被告市はこれを作成していないとしても、被告市は、首都高から本件パンフレットの作成の根拠となったデータ(本件文書)を「取得」している。

(二) 都市計画原案及び環境影響評価準備書の作成者

本件パンフレットが扱っている横浜環状道路北側区間(以下「横環道北側区間」という。)の都市計画の「原案」を作成するのは被告市である。

また「都市計画における環境影響評価の実施について」(昭和六〇年六月六日建設省都市局長通知(以下「六六通達」ということがある。)により、都市計画決定権者は調査等を行い、「環境影響評価準備書」を作成することとされた。そのため、横環道北側区間については、その都市計画決定権者である神奈川県知事(以下「県知事」ということがある。)が被告市と首都高との密接な連絡・協力のもとに行うものであり(同通達中の規定)、実際には被告市と首都高とが右の準備書を作成している。このようにして、本件文書が被告市と首都高との協力関係の中で作成された可能性もあるが、その場合には、被告市は本件文書の共同保管者の地位にある。

(三) 首都高の業務

一方、首都高は、横環道北側区間の「事業予定者」として位置づけられているが、右道路区間の都市計画原案及びそれに伴う「環境影響評価準備書」の作成主体ではない。

そもそも、首都高は、法令上、基本的には六項目の業務が認められているにすぎない(首都高速道路公団法―以下「公団法」という。―二九条一項)。そして、その業務の中心は、同項一から五号に定められているように、「料金を徴収することができる自動車専用道路で都市計画において定められたものの新設、改築、維持、修繕その他の管理、「自動車専用道路に係る災害復旧工事」、「自動車専用道路の新築、改築と一体的に行う必要がある市街地再開発事業」、「自動車専用道路の新設若しくは改築と工事施行上密接な関連のある道路の新設若しくは改築」等々である。すなわち、首都高が行うのは、都市計画の立案ではなく、都市計画において定められた計画の建設レベルでの実施である。

(四) 首都高の受託業務

(三)の例外として、首都高は、「前各号に掲げる業務の遂行に支障のない範囲内で、国又は地方公共団体の委託に基づき、道路に関する調査、測量、設計、試験及び研究を行うこと」が規定されている(公団法二九条一項六号)。

つまり、首都高は「一から五号に掲げる中心業務の遂行に支障のない範囲内で」「国又は地方公共団体の委託」があって初めて、「道路に関する調査、測量、設計」等の業務ができるのである。首都高は、整備計画や基本計画を定める権限を有するものではなく、都市計画を定める権限を有するものでもない。

都市計画決定以前になされる首都高による調査は、都市計画決定後の「工事実施計画書の認可」を得るために行われる調査等とは厳密に区別されなければならない。首都高が横環道北側区間に関して行った「調査、測量、設計」等の業務は、都市計画決定前に、すべて「国又は地方公共団体の委託に基づき」実施されたものなのであり、首都高への委託者は被告市以外にはない。もし首都高の行った調査が被告市の委託に基づくものではないとするなら、被告らは、本件パンフレットの中の「環境の現況と予測」の項に記載された諸数値等に誤りのないということができないはずである。

2  被告らの主張

(一) 横環道北側区間の都市計画の原案作成者

高速道路に係る都市計画決定権者は都道府県知事であるが、都市計画案については、「都道府県知事が定める都市計画又は建設大臣が定める都市計画について、都道府県知事がこれを定め又はその案を作成する場合においては、基本的事項を市町村に示して市町村がその原案を作成することを原則とし、都道府県知事が必要な調整を行なってその案を定め又はその案を作成するよう運用すること。」とされており(昭和四四年六月一四日建設事務次官通達4(一))、被告市は、横環道北側区間の都市計画の原案作成者である。

(二) 首都高の横環道北側区間に関する権限

横環道北側区間については、公団法三条に基づき、首都高の昭和六三年度の新規事業として建設大臣の認可がされ、首都高は、有料道路の建設及び管理に経験を有する者として、(一)のとおりの都市計画原案の作成者の被告市に協力して、当該道路について調査・検討を行ってきた。都市高速道路の計画の策定段階において、地方公共団体の総合計画や都市計画との整合を図りつつ、有料道路事業としての実効性を担保するために、首都高と地方公共団体などの関係機関とが協力しあって、ルート、構造などを検討し、必要な部分においては共同で作業を行うことは不可欠であるとしても、公団法二九条一項、三〇条一項が、そのような作業の中で首都高において有料道路の事業主体予定者として必要な調査をすることまでも禁止する趣旨でないことは明らかである。そして、本件において、首都高の行った調査は市の委託に基づくものではなく、首都高独自に行ったものである。このような調査報告書(本件文書)は、首都高に帰属するもので、被告市に帰属するものではない。

(三) 本件パンフレット作成における被告市と首都高との協力

(一) (二)のとおりの立場にあることから、首都高は被告市と必要な範囲で共同して作業を行ってきた。本件パンフレットの作成配布及び道路計画案の作成も共同で行っており、首都高が実施した調査についても、被告市においてその結果が利用できる場合にはそれを利用し、また調査についてなるべく重複しないように分担についても両者の間で調整している。

本件で問題になっているのは、本件パンフレットの「環境の現況と予測」欄記載の振動・騒音に関する現状及び予測の調査報告書、予測交通量を算定した根拠になった文書、大気についての予測に関する調査報告書であるが、これらの調査はすべて首都高において実施され、調査報告書(本件文書)が作成されたのであり、被告市は、このデータを使って、首都高と共同して本件パンフレットの「環境の現況と予測」を作成したものの、調査報告書自体は首都高において所有し、被告市はこれを取得もしていない。

本件パンフレットに記載されている「環境の現況と予測」は、被告市においてその作成が法的に義務づけられているものではなく、市民からの要望が強かったことから記載したものである。そして、もともと首都高が自らの事業を推進するために必要な調査を実施していたため、被告市は、その調査結果を利用できることから、共同作業の中で信頼できる値としてそれを本件パンフレットに転記したのである。

このため、被告市は、調査報告書(本件文書)を取得する必要がなかった。

(四) 環境影響評価準備書の作成における首都高及び被告市の地位いわゆる六六通達により、「都市計画決定権者は、準備書及び評価書の作成に当たり、事業予定者と連絡・調整を行うものとする。」とされており、この通達に基づいて、横環道北側区間においても事業予定者としての首都高が環境影響評価準備書等の作成にあたり協力してきた。また、被告市においても横浜市環境影響評価要綱の八条二項の協議に基づき、神奈川県の行う横環道北側区間の環境影響評価手続につき、地質及び地下水のデータの提供等による作成への協力、環境影響評価準備書に関する説明会などの実施に協力している。

しかし、右通達において、都市計画決定権者と事業予定者との間は独立した主体として協力及び連絡・調整を図るものとされ、両者の間に委託などの法的な権利義務関係は認められておらず、ましてや事業予定者が都市計画決定権者の下部組織とか、従属的な地位にあるということはない。

また、被告市と首都高とは、資料の利用の仕方につきそれぞれの判断に委ねており、資料の共同保管者の関係にはない。

四  本件却下処分の違法性の有無及び損害賠償責任の有無

1  原告の主張

(一) 本件却下処分の違法

本件条例二条二号には、公文書につき、「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書…並びにこれらのものを撮影したマイクロフィルムであって、決裁、供覧その他これらに準ずる手続が終了し実施機関が管理しているものをいう。」とある。

そして、三1のとおり、本件文書は被告市において、作成又は取得しているはずである。したがって、本件文書は、本件条例二条二項に該当するのであるからこれを存在しないとして、公文書公開請求を却下した本件却下処分は違法である。

(二) 損害賠償請求の根拠

原告は、本件条例にもとづき、被告市が管理している公文書の公開を請求することのできる権利を有する。これは憲法上の基本的人権の一つである知る権利に基礎づけられた権利であり、合理的理由がない限り制限されない。

ところが、被告市長は、本件文書が「存在しない」と虚偽の理由を付して原告の公文書公開請求を却下した。

原告は、本件却下処分により、公文書についての情報公開請求権を違法に侵害され、横浜市政に対し意見を述べる権利等、民主的手続に参加する権利等を奪われた。その損害は、精神的被害も含め、五〇万円を下ることはないよって、被告市は、被告市長の違法な公権力の行使による右損害の賠償金及び違法行為後の遅延損害金を支払う責任を負うべきである。

2  被告らの主張

(一) 本件却下処分の適法性

三2のとおりであるから、本件文書は、公開の対象とならないのであり、その公開請求について、被告市長が行った本件却下処分に何ら違法はない。

(二) 損害賠償責任の不存在

原告は本件条例に基づき公文書公開請求権を有するが、右の権利は憲法上の知る権利に基礎づけられた権利ではない。本件却下処分が(一)のとおり適法にされているから、原告に損害賠償請求権は発生しない。

第五争点についての当裁判所の判断(証拠により事実を認定した場合には、末尾に主な証拠を略記した。証拠の記載のない事実は、争いがない事実又は一度認定した事実である。)

一  本件における判断の対象と被告市長の本案前の主張の当否(争点1)

1  公文書が存在しないとしてされた本件却下処分の性質

原告は、本件パンフレットには横環道北側区間付近の振動、騒音、交通量及び大気の現状又は予測値が記載されているから、その元になった調査結果を記載した本件文書があるはずであるとしてその公開請求をした。これに対し、被告市長は、文書が不存在として右請求を却下する旨の本件却下処分をした。そこで、まず、このような場合の却下処分の性質について検討する。

本件条例は、「実施機関は、前条に規定する請求書を受理したときは、受理した日の翌日から起算して、一四日以内に請求に係る公文書を公開する旨又は公開しない旨の決定をしなければならない。」と定めている(七条一項)。そして、公文書が存在しない等の場合については、本件条例はその扱い方を規定していないが、被告市では、公文書に該当しない場合のような不適法な請求に対しては却下の決定を行うこととしている(横浜市市民局市民情報室「公文書の公開等に関する条例の解釈・運用の手引き」―平成九年三月第二次改訂版二二頁。職務上知り得た事実)。被告市長は、被告市において本件文書を作成又は取得しておらず、公文書が存在しないという判断の下に、右解釈に従い、右の公開請求を却下する旨の本件却下処分をした(甲二・三)ものと解される。

公開をしないという結論となる点では、非公開事由に該当することを理由とする非公開決定と公文書が存在しないことを理由とする却下処分とは性質上は共通点を有する。ただし、請求を受理し内容を判断して非公開決定がされた場合と請求を受理できないとして非公開事由があるかどうかの内容について判断をしないで却下処分がされた場合とは異なるものである。そこで、公文書が存在しない場合において、条例の明示的な規定がないときに、公開決定及び非公開決定の判断ができないとして、却下処分をすることは、条例の解釈として許されるし、むしろ自然な解釈であるとさえいうことができる。そうすると、このような考え方でされた却下処分についてその取消訴訟が提起されたときには、文書が存在しないとしてされた却下処分の判断が妥当かどうかを審理し、それが妥当であれば取消請求は理由がないとして棄却すべきこととなり、その判断が不当であれば取消請求は理由があるとして却下処分を取り消すこととなる。そして、後者の場合には、実施機関は、取消判決の効力に従い、改めて公開請求につき公文書が非公開事由に該当するかどうかを判断して公開・非公開の処分をすることになる。

2  被告市長の本案前の主張の当否

被告市長は、本件文書が存在しないから本件訴えは不適法である旨を主張する。

その趣旨は、公開請求の対象文書が存在しないならば、公開請求却下処分を取り消しても文書の公開を実現することができないから、本件訴えは意味がないというものと解される。しかし、対象文書が存在しないならば、その旨の本件却下処分の判断が正当であることになるので、その取消しを求める訴えについては、内容的に失当である旨を示す意味で請求棄却の判断をすることが適当であると解される。

そこで、本案の問題として、本件文書の存否(被告市による作成又は取得の有無)について検討する。

二  本件文書の被告市による作成又は取得の有無(争点2)

1  本件パンフレットの記載内容と本件文書の性質

本件パンフレット(甲一)は、「横浜環状道路北側区間 市計画案」という表題のもので、作成名義人として、横浜市道路局高速道路課と首都高神奈川建設局横浜環状線調査事務所とが連記されている。内容的には、将来の便利な交通網として計画中の横環道北側区間について、それまでの説明を引継ぎ、さらに詰めた計画案を示したものである。記載内容をより詳細に見ると、横浜環状道路は、横浜市の都市機能の強化、一般道路の混雑緩和、生活道路の機能回復などの効果を期待して、横浜市の都心から一〇から一五キロメートルの位置に放射環状型の道路網を形成すること、北側区間というのは、第三京浜道路と高速横浜羽田空港線を連絡する北側区間のことであり、被告市においては、本件パンフレット発行までの間、「基本的考え方」(平成四年九月)、「ルート・構造等の素案」(平成五年八月)に関する説明会をしてきたこと、その後市民から寄せられた意見、要望及び市会での討議を踏まえて、周辺への影響をできるだけ小さくし、市民の利便性を高め事業費の抑制を図ることに配慮しながら計画を詰めてきて、平成九年六月段階の被告市の計画案として本件パンフレットを発表したこと、以上の事柄が記載されており、さらに本件パンフレットには、右の計画案の根拠としての意味合いを持つものとして、「環境の現況と予測」という項目の記載部分があり、そこに、将来交通量、大気・騒音・振動の現況と予測結果が具体的数値として示されている(甲一)。

そして、原告は、右の「環境の現況と予測」の根拠となる本件文書の公開請求をしている。

また、本件パンフレットには、横環道北側区間は、首都高を事業予定者とし、有料道路事業を活用する旨が記載され、さらに、今後に向けての情報として、引き続き都市計画原案の説明会や環境影響評価について説明会を開催するとともに、パンフレットの配布などによって市民の意見をききながら都市計画環境影響評価の手続を進めていく旨が記載されている(甲一)

2  都市計画決定手続と被

告市及び首都高との関係

(一) そこで、次に、本件文書の被告市の担当部局(以下単に「被告市」ということがある。)による作成・取得の有無という本件の争点を明らかにする観点から、そもそも、このような都市計画決定作業に被告市及び首都高がどのような関わりを有するかを検討する。

(二) 都市計画の一環として横環道北側区間のような道路を建設する場合、その計画決定手続、特にその初期の段階に関与する主体と手続の概要は次のとおりである。

まず、道路整備特別措置法七条の二第一項に定める首都高速道路に関する都市計画は、都道府県知事が定める(平成一一年法律第八七号による改正前の都市計画法―以下同様―一五条一項三号、同法施行令九条二項一号口)のであるが、大都市等の場合には、知事は当該指定都市の長と協議することが必要である(都市計画法八七条一項)。そのようなこともあり、また一般に都市計画は市町村にとって都市のあり方を決定する重要な行政であることにかんがみ、右の都市計画決定に必要な原案は、市町村が作成することとされている(昭和四四年六月一四日建設事務次官通達「都市計画法の施行について」の4(1)。乙一〇。なお、甲二八)。本件パンフレットは、右の都市計画原案に至る前の段階での被告市の計画案を記載したものである(甲一)。

(三) 他方、首都高は、横環道北側区間について昭和六三年に建設大臣から基本計画を指示され予算が採択され事業予定者となった(首都高に対する調査嘱託の結果)。したがって、本件パンフレットが発行されただけで都市計画決定に至っていない平成九年六月の時点での首都高は、横環道北側区間という都市施設に係る将来の都市計画の事業予定者であるということになる。

3  首都高による環境影響調査及び本件文書作成の有無

(一) そこで、2(三)のような立場にしかない首都高には環境影響調査を行い本件文書を作成する法律上の根拠がそもそもない旨の原告の主張について、検討する。

昭和六三年以降で平成九年六月以前の段階における首都高は、都市計画事業予定者ではあるから、事業の実施に向けた準備的行為を行うことに注意を向けるのは自然なことであり、将来の都市計画事業の実施に向けて環境影響調査を実施するという必要性があるということはできる。他方、首都高は、法令上、有料の自動車専用道路の新設、改築、維持修繕その他の管理を行う(公団法一条)のであるし、右の一条の目的を達成するため、東京都の区の存する区域及びその周辺の地域において自動車専用道路で都市計画において定められたものの新設…その他の管理を行い(同法二九条一項一号)、同項一号に係る業務に附帯する業務を行う(同項五号)こととされている。

そうすると、将来新設することになる横環道北側区間による環境影響の予想とそのために必要な現況調査は、首都高として右の規定を根拠にして、できないことではないと解される。ちなみに、首都高自体は、公団法二九条一項一号に基づく公団固有の業務として環境影響等の調査を行っているという見解である(首都高に対する調査嘱託の結果)。

(二) 原告は、公団法二九条一項一号を根拠に首都高が環境影響調査等を行うのは、都市計画の立案としてではなく、都市計画で定められた自動車専用道路の建設レベルでの実施行為としてである旨を主張する。しかし、都市計画手続が開始される将来を見据えて事業予定者として相応の準備をする必要はあるわけであり、それを右一号又は五号が予定していないと解釈することはできない。

原告は、また、公団法二九条一項六号を根拠に首都高が道路に関する調査をすることができるのは、国又は地方公共団体から委託を受けたときである旨を主張する。しかし、国又は地方公共団体から委託がなければ首都高においてはおよそ道路環境の調査をすることができないというのは、行き過ぎた解釈であり、採用することができない

(三) 首都高による本件文書の作成の有無

(一) (二)のとおり、首都高において本件文書を作成することに法令上の制約はないことになるところ、首都高が現実にこれを作成したかについては、首都高から明確に作成した旨の公式の回答がされている(首都高に対する調査嘱託の結果)。よって、右の嘱託の結果どおりの事実があると認めるべきである。

4  本件文書の被告市による作成・取得の有無

(一) 2及び3のとおりであるから、首都高が本件文書を作成したのであり、被告市の担当部局がこれを作成していると認めることはできない。

(二) そこで、次に被告市が本件文書を作成者の首都高から取得していないかを検討する。

まず、被告市が首都高から本件文書を取得するという法令あるいは通達上の定めはない。すなわち、被告市は都市計画原案作成事務を通達上負担するものの、そのために本件文書を取得しなければならないといった方法上の義務までを負担しているわけではない。また、手続が進展し、都市計画を定めてこれを表示する(都市計画法一四条一項)段階に至った際には、六六通達により環境影響調査を行い、環境影響評価準備書を作成し、都計画書中に附記しなければならないところ、これは本件に即していえば都市計画決定権者である神奈川県知事の責務でありかつ、時期的には本件パンフレット公表よりも後に生じることである。ちなみに、時期的な経緯を確認すると、平成九年六月本件パンフレット発行、同年一〇月都市計画原案作成(神奈川県に対する調査嘱託の結果中の資料9)、平成一〇年六月環境影響評価準備書作成(甲二二)である。したがって、被告市において、本件文書を取得しなければならないといった法令・通達上の義務があったものではない。

また、被告市が首都高に本件文書の作成を発注する等の契約関係が両者間に成立していた旨を認めるに足りる的確な証拠もない。かえって、首都高は本件パンフレットの作成された平成九年六月かそれより前ころに被告市の担当部局に本件文書を交付したといった事実はない旨を回答している(調査嘱託の結果)。さらに、神奈川県と被告市と首都高との間で出資を取り決めた覚書(甲七)があるが、これをもって、被告市が費用を払って環境影響調査を首都高に委託したということに当然になるわけではない。出資は事業全体に対するものであるし、首都高は、事業予定者として、自ら環境影響調査を行うことができるからである。

(三) これに対し、原告は、都市計画原案作成の通達上の義務を負担する被告市が本件文書を取得しないはずはない旨、本件パンフレットに結果を記載するだけではその根拠となった調査の正確性を検証できないのであり、被告市が右の正確性を保証しないのは不自然である旨を主張する。

これは、ある意味でもっともな指摘である。被告市は、横環道北側区間に係る都市計画原案の作成義務を通達上負担するのであるから、その前段階において市民の理解を得る目的で任意に本件パンフレットを発行するに際しても、その記載内容の正確性を期し、問われれば内容について説明することもできるようにするのが通常期待されるところである。そうであるとすれば、被告市の担当部局は、首都高がその固有の関心から作成した本件文書を利用するにしても、これを被告市において交付を受けるなりして取得し、その内容を十分に検証するのが通常のことと思われる。ところが、被告市においては、首都高の事務所に赴き本件文書を閲覧するだけで、その交付を受けることはしなかったのである(甲一九の一の「調査事項一(三)について」。証人Aの証言調書(第一〇回口頭弁論調書と一体となるもの)一二頁)。本件文書を取得して被告市の執務室において吟味することに対比すると、首都高の事務所において閲覧することによる場合には、どうしても検討は劣ることになると予想されるところである。なぜ、そのような不便で効率の悪い方法によったかについては、都市計画原案が作成された後に県知事による環境影響調査手続が必要であり、そこで首都高が県に協力して環境影響調査を行いそれにより環境影響準備書が作成されるので、本件パンフレット作成時には首都高による本件文書にまとめられた調査結果だけを転記すればよいと被告市の担当部局においては簡単に考えたものとも解される(乙六の七・八頁)。もちろん、首都高は、被告市から頼まれれば本件文書を被告市に送付するなりしたであろうことは、他の文書や他の機会に首都高がその報告書を被告市に送付している(調査嘱託の結果)ことから、うかがえることである。しかし、右のような諸事情に照らすと、被告市が首都高に本件文書の交付を求めないということもあり得るから、本件文書が被告市に交付されたはずであると断定するのは相当ではない。

(四) (二)及び(三)によれば、被告市の担当者は本件文書を閲覧するだけで、首都高からその交付を受けなかったと認めるのが相当である。

(五) なお、(三)で多少触れたように、横環道北側区間に係る都市計画を定めてこれを表示する(都市計画法一四条一項)段階に至った際にも、都市計画決定権者である神奈川県知事は、六六通達により、環境影響調査を行い、環境影響評価準備書を作成することが必要となるところ、これについて、被告市や事業予定者の首都高が協力することが通達上に定められている(六六通達5及び6)。

しかし、この準備書作成の過程において、首都高が行った環境影響調査結果を記載した本件文書を被告市において首都高から取得することとなる旨の定めがあるわけではない。ちなみに、県知事は、本件パンフレット作成については関与していない旨を回答している(神奈川県に対する調査嘱託の結果)。のみならず、そもそも、本件パンフレットの作成は、前記のとおり、右の準備書作成とは別に、県知事の指揮のない場面で、市民に向けて任意で被告市が首都高と連名で作成するというものであるから、準備書作成における手続とは別に考えれば足りるのである。

5  共同保管の有無

原告は、被告市と首都高とが本件文書を共同保管している旨をも主張する。しかし、被告市と首都高とは別の法主体であり、被告市は首都高の承諾を得ることなしに当然に本件文書に対する支配力を有しているわけではないので、被告市が首都高と本件文書を共同保管しているということはできない。

三  本件却下処分の取消請求及び損害賠償請求の各当否(争点3)

1  二のとおり、被告市の担当部局は、本件文書を作成又は取得していないし、首都高と共同保管しているわけでもないから、被告市長において本件文書が存在しないとして本件文書の公開請求を却下したことは、文書公開請求の処理としてはそれしかない措置であり相当である。よって、本件却下処分の取消しを求める原告の請求は理由がない。

2  次に、損害賠償請求について、検討する。前記のとおり、被告市には本件文書が存在しないので、被告市長が本件文書は「存在しない」と虚偽の理由を付して原告の公文書公開請求を却下した(原告の主張)ということではない。

次に、念のため、被告市が本件文書を首都高から取得しなかったことに何らかの問題があるかを検討する。前記のとおり、被告市においては、本件文書を首都高から取得しておこうと思えば取得することができたわけである。しかも、横環道北側区間に係る都市計画について被告市の負担する責務は、都市計画原案を作成して、都市計画決定権者の県知事のする都市計画決定に資するようにすることであるところ、都市計画決定権者の県知事は、別途環境影響を調査して、環境影響評価準備書を作成し、都市計画書中に記載することとされている。したがって、被告市が騒音・振動・大気及び交通量に関する首都高の調査結果だけをその報告書(本件文書)から本件パンフレットに転記し、調査報告書(本件文書)自体については、閲覧するだけで、これを自ら入手する方法により一層丁寧に内容を検証するということまでをしないことは、一見すると自然なこととは思われない面があるといわざるを得ない。しかし、被告市に本件文書を取得すべき法的義務があるとまではいえない以上、右の取得をしなかったことは、原則として違法又は著しく不当とまではいえない。また、なぜ被告市が本件文書を取得する方法までを採用しなかったかは必ずしも明らかではないが、被告市にとっての本件文書の必要性の程度が弱かったからであったかもしれず、さらに、被告市の担当者にとっては、本件文書を入手しないでもその後の手続を進めることが可能であるため、取得することの必要性よりも取得しないことの利便性に惹かれやすいという側面があったからかもしれないが、いずれにしても、被告市の担当部局の者が、原告のような市民からの本件文書についての公文書公開請求を予想し、それを未然に阻止しようとの意図をもって首都高から本件文書を取得しなかったといった事実があったことまでの主張立証はない。そうすると、結局、本件却下処分が原告に対する公文書の情報公開請求権を違法に奪ったことを理由とする原告の損害賠償請求は理由がないといわざるを得ない。

四  結論

以上のとおりであり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用を原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 平山馨)

裁判官 近藤壽邦は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 岡光民雄

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